2019-01-01から1年間の記事一覧
2019年5月1日に新天皇が即位され、元号が令和に改められました。新しい時代の幕が開き、日本国内は祝賀ムードに包まれ、人々の心には新しい時代への夢や希望がふくらんでいます。 今から151年前の1868年9月、時の政府は元号を明治に改めました。そして、改元…
平成31年4月30日は天皇が退位される日です。天皇が退位されるのは約200年ぶりとのことで、5月1日には新天皇が即位され令和という新しい時代が始まります。 そこで、日本の歴史の節目にあたり、歴史と天皇の関わりについて考えてみました。 まず、…
先日天文学の世界で大きなニュースがありました。人類はついにブラックホールの撮影に成功したのです。南米やハワイなどの電波望遠鏡をつないで地球規模の観測装置(イベント ホライズン テレスコープ)を作りブラックホールを撮影することができたのです。…
先日、平成に代わる新しい元号が決定されました。「令和」です。万葉集の梅花の歌の序文「初春の令月にして気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」が出典だということです。 私は、この万葉集の序文の説明によって「令」という字に「縁起…
2019年3月21日偉大なメジャーリーガーイチローが引退しました。メジャーリーグに挑戦した天才打者イチローは、打撃成績において次々とMLBの記録を塗り替えました。イチローの活躍は日本人はもとよりアメリカの野球ファンにも多くの感銘を与えたと思います…
源義家は「天下第一の武勇の士」と呼ばれましたが、その息子たちには義家ほどの逸材がいなかったようです。 義家の嫡男義親は対馬守に就いていたのですが、康和三年(1101年)九州で乱行を働いたため隠岐へ配流されます。その後の嘉承二年(1107年)に隠岐を…
前回取り上げた源義綱は、歴史の教科書には登場しない人物であり、私もよく知らない人物でした。しかし、義綱のことを調べてみると、大変興味深い人物であることがわかってきました。そこで、今回も義綱の話をします。このような歴史の片隅に埋もれた人物に…
源義家が八幡太郎と呼ばれたのは、石清水八幡で元服したからです。義家の二人の弟も通称で呼ばれました。次男義綱は賀茂神社で元服したので賀茂次郎と呼ばれ、三男義光は新羅明神で元服したので新羅三郎と呼ばれました。 二人のうち新羅三郎義光が甲斐武田氏…
前回の記事で、源頼義に平直方の娘が嫁いだという話をしました。この婚姻は、清和源氏にとって非常に重要な出来事です。 平直方は桓武平氏中興の祖である平貞盛の孫であり、坂東に根を広げた貞盛の流れをくむ平氏一族の中心的存在でした。直方は平忠常の乱の…
平忠常の乱を鎮圧した源頼信は、その後、美濃、相模、河内の国司を歴任し、晩年を河内国で過ごしました。そのため、頼信の子孫たちは河内源氏と呼ばれるようになったのです。 頼信の跡を継いだのは長男の頼義です。頼義もまた父親に劣らぬ「つわもの」であり…
前回は今昔物語集のなかから「源頼信朝臣、平忠恒を責むること」という話を紹介しましたが、ここでいくつか補足しておきます。 まず「平忠恒」という表記は今昔物語集の表記です。高校日本史の教科書である「山川出版社」の「詳説 日本史」では「平忠常」と…
「歴史楽者のひとりごと」をご覧の皆様、あけましておめでとうございます。 旧年中は数多くのアクセスを頂きありがとうございました。今年も歴史を楽しめるブログを作っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 今回のシリーズでは、「坂東…