歴史楽者のひとりごと

こんにちは、歴史を楽しむ者のブログです。

徳川家康が来る前の江戸

 2020年にオリンピックが開催される東京。信濃町のメインスタジアムも徐々に姿を現してきました。世界中から観光客の方も大勢訪れていらっしゃいます。東京には江戸城跡をはじめとして名所旧跡も色々あります。

 そこで今回は東京の歴史について楽しみたいと思います。とは言っても、1590年に徳川家康が関東に移り1603年に江戸幕府を開いてからのことは沢山の本が出版されていますし、テレビの時代劇でも江戸時代のお話は盛沢山ありますので、真実かどうかは別と江戸時代の雰囲気はお馴染みだと思います。

 ところが、家康がやって来る以前の江戸については、あまり知られていないのではないでしょうか?江戸時代以前すなわち室町時代から戦国時代にかけて江戸がどんなところであったのか、歴史の教科書にはほとんど記載されていません。教科書に載っているのは東海・近畿地方の歴史です。

 何故なら1467年に京都で応仁の乱が起こりその後日本は戦国時代へと移っていくのですが、そこで大きな流れを作っていくのが、織田信長豊臣秀吉徳川家康という英雄たちだからです。

 もちろん日本の歴史を学ぶうえで信長、秀吉、家康の活躍を無視することはできません。彼等の活躍があってこそ戦乱の時代が終了し平和な江戸時代を迎えることができたのです。

 その一方で、歴史の陰に埋もれている関東の戦国時代とはどんなものであったのか私は大いに興味があります。関東では応仁の乱よりも先に、応仁の乱をしのぐような大乱が勃発しました。長い戦乱によって関東は徐々に戦国時代へと移行していったのです。

 その戦乱の時代に江戸はどのような所だったのでしょうか。一般的には徳川家康が来る以前の江戸は、寂しい漁村であったと云われています。

 しかし、それは豊臣秀吉によって理不尽な国替えを命じられ、関東へ下向した徳川家康が、幾多の困難を乗り越えて関ヶ原の合戦に勝利し天下統一を果たしたというサクセスストーリに合わせて作られたイメージなのです。

 室町時代の江戸は、大都市ではなかったものの、品川湊などを中心に盛んに交易が行われた港湾都市でした。軍事的にも重要な拠点で、現在の皇居付近には太田道灌が城を築いていたのです。

 そこには一般的にはあまり知られていない江戸の歴史があるのです。これからその歴史を詳しく説明していきます。